日時 7月29日(土)
場所 高知市保健福祉センター
演題 「精神障がい者の自立をめざして」
講師 堀須美さん(相談支援事業所アイビー所長)
松岡健一さん(ピサポーター)
参加費無料です。どなたでもご参加ください。
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日時 7月29日(土)
場所 高知市保健福祉センター
演題 「精神障がい者の自立をめざして」
講師 堀須美さん(相談支援事業所アイビー所長)
松岡健一さん(ピサポーター)
参加費無料です。どなたでもご参加ください。
日時 8月3日(木)午後1時30分
場所 高知市江ノ口コミュニティセンター
精神障害者当事者中心の居場所です。日頃のつぶやきや近況報告など自由に出し合っています。いつ来ていつ帰ってもよいです。どなたでもご参加ください。
それだけ、ノーハイパー、ノーインフレで金を握れば、もう彼方に忘れ去られている「町内会」などの交流・つきあいもだんだん悦こびの声と共に拡大されてゆくことだろう!
よさこい祭りなども春・夏・秋・冬開催へと。音楽もスポーツも海外ではやってる「ハグ」解禁。町中水着も。男のミニスカート解禁も。新幹線・高速道・リニア・紀州と九州のトンネルの架橋も。おサカナ1億倍、お花1億倍運動も。それだけお金があれば、いわゆるなんでも買えるだろう!
竹本武彦64歳
出生届けを出したら、死亡届けまで、すべての人が「毎月3億円」でも国家から生活保障(保護)を給付してもらう。労働賃金は別にちゃんともらうようにしくみを決めればよい。
武器・軍隊・自衛隊・マフィア(日本のも)ゼロにした世界平和にしましょうと国際連合と各国大使館(東京)に手紙、ハガキなどで出してもよい。私でも、2022年冬に49人の大使にハガキでそう書いた。
真理:この世はカネとの交換社会だぞ。
竹本武彦64歳
内容はこういうのはどうだ?
10歳以上ぐらいのすべての住民(国、県)のやってほしい政策提案法を制定して、財源は税金じゃ何万分の一なので、必要金額は垓円でも日本銀行に作らせて、政治や行政にまわす法律を制定したらどうか?私が1名付けた。「日本銀行直接財源法制定」をこそ国も県挙げてやらなければならない行動なのではあるまいか!拡めてくれ!すべての生命もくらしも武器・軍隊・自衛隊なしの恒久平和もかかっているぞよ!
竹本武彦64歳
わたしは引き続き、書かざるをえん、やらざるをえん。快適な暮らしや社会(日本、県。世界)になるその日まで。
でもわたしには何にもなすすべがない。なにもできることがない。超情けない人間だ。ただ、いくつかの力を信じている。それは、他人様の心と自分の心の共通部分が必ずいくつかはあるということ。「心」とはその人が覚え込んだ、記憶したすべての言葉だと最近、気がついた。これらの文章も広報課でコンピューターへ時々、入力して遺してくれていると前にきいた。嬉しいことだ。
竹本武彦64歳
人は誰かを愛したり、誰かの為にと思った時に、とってもパワーが出るらしい。
みんな、こんな社会で、よう黙っておるなあ!
僕の印象とか僕への評価もその他も一切分からず、11年2か月(途中の1年2か月は書かなかった)きてしまった。宗教的目線あり、政治的目線あり。
竹本武彦64歳
僕は、今57歳で1か月の収入は年金と作業所の給料で月10万ぐらいです。それで、死ぬまでインスタントコーヒーとたばこだけで暮らさなくてはいけません。
やはり、ポテトチップスを食べるとかコカ・コーラを飲むとかUHOや金ちゃんネギラーメンを食べるとか、チョコレートを食べるとか安物のオーストラリア産のステーキを食べるとかノンアルコールビールを飲むとか焼肉を食べに行くとかCDを買うとかテレビゲームを買うとか小説をたくさん読むとかしたいけど、我慢しなくてはいけません。
僕は、統合失調症の薬を飲んでいて、それがよく合っているので、タバコとインスタントコーヒーだけで満足しています。
黒岩英夫
日時 7月6日(木)午後1時30分
場所 高知市江ノ口コミュニティセンター
当事者中心の居場所です。
どなたでもご参加ください。
僕は、今57歳で、40歳のときに高知工業高校定時制に入学しました。今まで病院で締め付けられていたのですが、学校では、先生が僕に敬語を使ってくれたりして対応がすごくよかったです。それで、電気科なんですけど、電気のことが4年も学べる、そして電気工事士の資格が取れると意気込んでいましたけど、電気はすごくむつかしいので、ダメでした。しかし、学校で学ぶことは、考える力を養うので、よかったと思います。この歳で頭もあまりよくないけど、高校で単位を取れる喜びがあって、1年の中間テストが終わって学校からバイクで夜道を帰っているときに、すごい浮かれた気になりました。
僕は、学校生活をエンジョイするために、陸上部に入りました。それで、3年の時、同じ学年で土木科の女の子が入ってきました。それでその女の子と少し話をして、学校は女もつきものだと思いました。それから4年の時、バトミントンダブルスで競い合うホームマッチで、クラスから4チーム出たんですけど、僕は担任の先生と組み準優勝をしました。いい経験になりました。それから、学校に早い時間に行きベンチに座って、目を閉じてのほほんとしたり図書館で新聞を読んだりしました。しかし4年も行くのは大変で卒業するとき、すごくうれしかったです。
これから人生を歩んでいく生徒たちに比べ、僕は一通り人生を経験してから入学してきたので、おかしな感じでした。
(黒岩英人 フリースペースでの発言から)